2018年03月28日

10年後

時間をかけて熟成していくお酒のように
ある種の写真も時間が経つことでその意味だったりその価値が増していくように思う。

先日海外に住む昔からの友人からメールがきた。
一枚のピントが合っていない写真をどうにかシャープにできないか、という相談だった。
添付された写真を見ると、その友人の子供と、亡くなってしまった旦那さんが写っていた。

旦那さんが1、2歳当時のお子さんを抱っこしている写真。
愛情たっぷりに微笑むお父さんの腕の中から、
子供はなんとも臆病な表情で恐る恐るこちらに目線を送っている。
カメラを向けているのがお母さんだからかろうじてこちらを向けた、という雰囲気。
そういう意味でそれは(お母さんは写っていなくとも)三人の家族写真、
家族の親密さがぎゅっと詰まった素敵な家族写真だ。

問題のピントは確かに合っていない。
仕事で色々なレタッチをするけど、ピント調整はほとんどしたことがない。
というのはピントに関してはできることがかなり限られるからだ。
photoshopにはピントに関するツールがいくつかあるけど、シャープにするとなると必ず画像の劣化を伴う。
不自然にコントラストが上がったり、画質が荒れたり、どうしても弊害を避けられない上、
ピントが100%合った写真に仕上がるわけでもない。そういう写真は仕事ではやはり使いづらい。

でも今回はそうも言っていられないので、色々試してみた。
一番合いそうなツールを探し、劣化が最小限になるよう
関係ない部分や子供の顔、旦那さんの顔にマスクを切ったりして微調整。
ピントに関しては最初よりずっと良くなった。
が、さすがに一番ボケていた部分には正直ノイズが出てしまっている。
一通り悩んだけど、僕の技術ではこれが限界、と友人に送った。
それでも友人はとても喜んでくれた。
旦那さんとこんな形で初対面となったことが残念だった。


その少し後に、これまた昔からの友人というか先輩から連絡があった。
僕は数年前にその人のお父さんの写真を撮ったことがあり、その写真をもらえないか、という連絡だった。
ハードディスクをあさり、その日のうちにすぐに送った。
もうご高齢の方なのでまさかとは思いながら、何かありましたか?と伺うと
やはりその日の午後にお父様が亡くなった、と。
そして僕の撮影したその方の写真を、故人の奥様が覚えていて遺影にしたいということだった。
自分が撮影した写真が遺影になるのは二度目だ。

そういうつもりで撮影したものでは全くない。
でもおそらく遺影なんて多くの場合そういうものだろう。
というかプライベートで撮る写真において撮影する時点で「用途」が決まっていることなんて滅多にない。
「記念に」とか「綺麗だから」「可愛いから」とかそんな感じで撮影することがほとんど。
でもそんな軽い気持ちで撮影したものも、例えば10年、20年後に見たらかけがえのない写真になる。
その時の一瞬を半永久的に保存してくれる写真の力を改めて感じる。

そういうわけで僕は近頃好きな人やお世話になった人、大切な人達を、
何かの理由をつけて撮影するようにしてます。
10年後、その人がまたその写真を見てくれることを楽しみに。


kawa005.jpg
posted by SUGI-NOTE at 02:30| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
私だけでなく、親族の皆んなが、本当に感謝しております。ありがとう!
息子が言っていましたが、ステキなお仕事ですよね!
益々の活躍を楽しみにしています。
Posted by 先輩? at 2018年03月28日 20:22
遺影で使っていただくのは嬉しいような悲しいような複雑ですが
喜んでいただけたなら嬉しいです。
何よりお世話になった先生のご冥福をお祈りしてます。
Posted by すぎの at 2018年03月28日 20:54
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